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入札制度導入でドイツの再生可能エネルギーは生き残 れるか?-EU主導の再生可能エネルギーの市場化-道満治彦

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入札制度導入でドイツの再生可能エネルギーは生き残 れるか?-EU主導の再生可能エネルギーの市場化-道満治彦

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概要

ドイツでは、再生可能エネルギー政策が固定価格買取制度(FIT)を基礎とした政策から大きく変化し、2017年1月より入札制度へと移行する。この入札制度への政策変更によって、再生可能エネルギーへの投資に対して、どのようなインパクトがあるのだろうか。EU主導の「再生可能エネルギーの市場化」をキーワードに考える。

1. はじめに

ドイツでは、再生可能エネルギー政策が固定価格買取制度(Feed in Tariff:FIT)を基礎とした政策から大きく変化し、2017年1月より入札制度へと移行する。ドイツの再生可能エネルギー政策は、既にFITから、フィード・イン・プレミアム(FIP)と呼ばれる市場取引平均価格と公定による指定価格の差額を補助として受け取るメカニズムに変更されている。これは、消費者の負担を軽減するだけでなく、ドイツの再生可能エネルギーが市場での競争力を持ち始めたことを示していた。とはいえ、FIPはFITと同様に再生可能エネルギーを優遇するものであった。

しかしながら、入札制度の導入は、再生可能エネルギーのFITからの「卒業」を意味する大転換である。これは、発電事業者にどのような影響をもたらすだろうか? 欧州連合(EU)主導で進められる「再生可能エネルギーの市場化」による競争環境の中で、ドイツの再生可能エネルギーは生き残れるのだろうか? 一方で、入札制度の導入は、大規模発電事業者による再生可能エネルギービジネスの本格的な展開の契機となるかもしれない。他方、これまで再生可能エネルギーの急速な発展に貢献してきた市民による発電事業者が不利になる可能性が指摘されている。この意味で、ドイツの再生可能エネルギーは岐路に立っている。

2. ドイツにおける再生可能エネルギーの導入状況

再生可能エネルギーの導入や利用、そして制度構築において、世界で最も進んだ国の一つはドイツである。ドイツは、1991年の電力供給法(EFL)においてFITの原型を導入し、現在でいう世界での再生可能エネルギー導入の先駆けとなった。

ドイツでは、エネルギー大転換「エネルギーヴェンデ(Energiewende)」という野心的な政策の名の下に、(1)大々的な省エネとエネルギーの高効率化対策の推進、(2)地域暖房とコジェネレーション(熱電併給)の推進、(3)再生可能エネルギーの推進を掲げ、環境エネルギー政策のみならず、社会・経済構造そのものも転換させようとしている。ドイツにおける再生可能エネルギーの過去25年間のトレンドを見ると、発電量に占める割合が3.4%(1990年)から32.6%(2015年)へと拡大(図1)。2014年には設備容量ベースで8,600万キロワット(kW)まで増加した。発電量ベースでは大規模水力発電まで含むと、2014年は1,625億キロワット時(kWh)(27.4%)、2015年は1,959億kWh(32.6%)となった。雇用に着目すると、再生可能エネルギー分野では2015年時点で約35万5000人分の職が生まれた。

図1 ドイツの再生可能エネルギー発電量と全電力に占める割合の推移

図1 ドイツの再生可能エネルギー発電量と全電力に占める割合の推移

出典:ドイツ連邦経済エネルギー省(BMWi)の資料を基に筆者作成

3. FITの展開

2000年の再生可能エネルギー法(EEG)への大改正によって、再生可能エネルギーの種類や条件ごとにコストベースの買取価格を定めた他、上乗せとなるコスト負担を一般需要家が公平に分担する仕組みも導入され、再生可能エネルギーの優先接続に関する規定も盛り込まれた。その後、2004年の改正で買取価格を見直し、太陽光発電などの導入量を一気に増やしている。

2009年にこのEEGが全面改正され、2020年までに再生可能エネルギーの割合を30%にすることなどが明記された他、太陽光発電を中心に買取価格の逓減率が引き上げられた。さらに2010年からの想定を超えた急速な太陽光発電の導入拡大などもあり、2010年および2011年4月の部分改正でも太陽光発電の買取価格の逓減率が引き上げられている。

福島第1原発事故の影響もあり、ドイツでは2022年までの脱原発を決定したことを受け、2012年にEEGの改正が行われた。この中では、電力に占める再生可能エネルギーの割合の目標を2020年までに35%以上、2030年までに50%以上、2040年までに65%以上、2050年までに80%以上と定められた。また、従来から認められていたFIT制度以外の電力市場での直接販売についても明確に定められた。買取価格についてもさまざまな改正が行われており、バイオマス発電については熱電併給が必須条件となり、地熱については買取価格が引き上げられた。風力発電の買取価格も、陸上風力発電は逓減率が1%から1.5%に引き上げられたが、洋上風力発電は買取価格が引き上げられている。太陽光発電については、年間導入量が300万kW程度となるように、前年の設備容量の増加量に応じて逓減率が引き上げられる仕組みが本格的に導入された。

4. FIP制度・入札制度への移行とEU競争政策との関連性

だが、2014年からEEGの大幅な見直しによって、FITからFIPへの移行が行われた。(1)買取価格の構造については、これまでのFITでは公定による一定の固定価格で買い取る形であったが、FIPでは市場取引平均価格と公定による指定価格の差額を補助として受け取るメカニズムに変更されている。(2)調達メカニズムについては、FITでは買取義務による契約を送電事業者(TSO)と結ぶ形であったが、FIPの下では発電者が市場で販売する形にメカニズムが変更されている。これは市場統合の一環ではあるが、中小の発電事業者に対しては非常に大きな事業リスクとなっている。
また、これまで賦課金の対象となっていなかった自家消費モデルに対する賦課金の導入や、新設の年間導入量にキャップを設ける措置(太陽光発電は年間最大2,600メガワット(MW)以下、バイオマス発電は年間最大100MW以下、陸上風力発電は年間最大2,600MW以下をそれぞれ上限、洋上風力発電については2020年までに6,500MWを目標とする)なども行われた。

らに、2016年7月に改正EEGが可決され、2017年1月から入札制度へ移行する。ドイツで入札制度は既に大規模太陽光発電の一部で試験的に導入されているが、2017年以降、それ以外の太陽光発電、陸上風力発電、洋上風力発電、およびバイオマス発電に拡大される。また、地域主導型のエネルギー協同組合などには、陸上風力発電の入札条件の緩和の優遇策も行われる。

入札制度への移行はFITからの「卒業」を意味する。FITは「幼稚産業保護政策」のような特性を持っており、再生可能エネルギーの導入拡大と同時に価格逓減を進めた。FIPはFITと入札制度の中間に位置するが、政策としてはFITの一種である。こうした政策変更は、少なくともドイツでは再生可能エネルギーが市場でも競争できる電源となってきたということを示している。

ところで、FITからFIP、さらには入札制度に至るこの一連の流れは、ドイツ一国の政策によるものだろうか。確かに、再生可能エネルギーの導入割合は2015年時点で30%を超え、さらに発電単価を引き下げるという目的も達成されてきた。ドイツにおける再生可能エネルギーの導入量拡大と低コスト化によって「再生可能エネルギーの市場化」の段階まで至ったといえるのかもしれない。それに加え、この改革は賦課金の上昇を抑えることも目的として挙げられる。

しかしながら、EUのエネルギー政策の文脈から捉え直すと、この流れはドイツ一国のみの政策によるものではない(図2)。というのも、ここにはEUの機能に関する条約(TFEU)と2014~2020年の環境・エネルギー関連の国家補助金に関するガイドライン(2014/C/200/01)が影響しているからである。

図2 ドイツの再生可能エネルギー政策の変化とEU競争政策の関連性

図2 ドイツの再生可能エネルギー政策の変化とEU競争政策の関連性

出所:各種資料を基に筆者作成

2014~2020年の環境・エネルギー関連の国家補助金に関するガイドラインの中では「再生可能エネルギー資源由来の電力の電力市場への統合」が示されている。それによると、まず「2016年1月からはエネルギー市場統合の観点から、市場での直接取引を行うこと」が前提とされており、これはFIPの仕組みに合致する。その上で「2015年および2016年に新規の再生可能エネルギー資源由来の電気の少なくとも5%を入札制度とすること」とされている。さらに、2017年からは導入状況の遅れや市場のアクターが限られるなど一部の例外を除き、加盟各国は入札制度を基礎とする仕組みに変更することとなった。EUにおけるエネルギー政策は、今やEUと加盟国の共有権限となっている。つまり、この政策変化はドイツ一国の政策だけではなく、EUのエネルギー政策による影響、およびEUと加盟各国の相互作用によって引き起こされていると言っても過言ではないだろう。

5. 入札制度導入による発電事業への影響とEU主導で進む「再生可能エネルギーの市場化」

入札制度への移行に対する動きには「化石燃料業界を有利にさせ、再生可能エネルギーへの転換の流れを後退させる」として、ドイツ再生可能エネルギー協会(BEE)などの再生可能エネルギー業界団体や環境保護団体、緑の党、市民セクターなどから批判の声が上がっている。また、特に危機感が強いのはこれまでドイツのエネルギー転換の中心的な存在となっていたシェーナウ電力などの市民共同発電事業者である。FITに比べて、大規模発電事業者に有利な入札制度は、市民共同発電には不利となる可能性が高く、市場から締め出されるという危機感が根強い。
つまり、一方において、入札制度は、大規模発電事業者による再生可能エネルギービジネスの本格的な展開の契機となるかもしれない。他方において、入札制度は、これまでドイツの再生可能エネルギーの発展を支えてきた中小の電力事業者の衰退を招くかもしれない。

ここまで見てきたように、EUの競争法の下でEU、ドイツ国内の双方で入札制度を含めた「再生可能エネルギーの市場化」の流れが進むことは避けられないだろう。とはいえ、FITの負担にもかかわらず、ドイツにおいて再生可能エネルギーが急速に発展してきたのは、市民の積極的な支持があったからこそである。日本と異なり、ドイツでは、多数の市民が単なる電力の消費者にとどまらず、協同組合などを通じて電力事業に出資しており、再生可能エネルギー事業のステークホルダー(利害関係者)となっていることに注意が必要である。従って、EUおよびドイツが目指すパリ協定発効以降の新たな気候変動政策を進め、低炭素社会を目指し、再生可能エネルギーの導入拡大を継続するには、やはり市民の協力が不可欠である。再生可能エネルギー政策の大転換は、さまざまな摩擦を引き起こす懸念があり、慎重かつ柔軟な対応が求められるだろう。

[執筆者]道満 治彦(認定NPO法人環境エネルギー政策研究所 リサーチアシスタント)

※この記事は、2016年12月12日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ロシアのビジネス教育-菅原信夫

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概要

ロシアでもビジネス教育が盛んだが、残念ながらそこで学んだ知識が役に立たないことも少なくない。ロシアのビジネス環境がテキストで習う米国などのモデルと異なっているためだと思われる。しかし「私塾」や第三セクターによる実践的なビジネス教育が始まり、この中から新しいロシアの青年実業家が育っていくかもしれない。

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サンクトペテルブルクにおける日系企業のビジネスの現状と今後の可能性-宮川 嵩浩

ロシア国旗

概要

北のベネチアとも称されるロシア第2の都市、サンクトペテルブルク。この地には、日系企業を含む外資系企業が集まり、今や自動車産業の集積地かつ物流の拠点となっている。加えて、上下水道分野、小売・サービス業など、新たなビジネスの可能性が広がり始めており、モスクワと並ぶ注目の市場である。

ロシア北西部、フィンランド湾に面した場所に位置する、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク。都市別人口規模ではモスクワ、ロンドンに次ぎ欧州第3位の約523万人(2016年1月1日時点)。北緯は60度で、人口が100万人を超える都市としては世界で最も北に位置する。

街中には多くの運河が敷かれていることから、北のベネチアとも呼ばれる。エルミタージュ美術館をはじめ、18世紀に栄華を極めたロシア帝国時代の芸術や文化が至る所に残っており、夏の観光シーズンを中心に年間650万人の観光客が国内外から訪れる。サンクトペテルブルク=ロシア文化の首都、観光都市というイメージをお持ちの方も多いのではないだろうか。
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経済危機に耐える労働市場:ロシア的対処法-堀江 典生

russia

概要

ロシアは経済危機にもかかわらず、政治的に安定している。その理由として、一時帰休なども含めた雇用維持や非正規就労化、賃金未払いなどの賃金の弾力性、移民労働による労働市場の柔軟性が、失業率の上昇を伴わない経済危機に「耐える労働市場」を形成していることが指摘できる。しかし、労働争議が顕在化し始めており、経済危機が長引けば抜本的な対策が求められるようになるだろう。

ロシアへの経済制裁が実施されてから2年余り経過した。市場経済化初期の移行不況、1998年のロシア金融危機、2008年のリーマンショックを経て、ロシアにとって4度目の経済危機を迎えているが、共通しているのは原油価格の下落である。ソ連崩壊に伴う体制転換による経済危機は別として、1998年のロシア金融危機も2008年のリーマンショックも、世界的な経済危機の中で生じたものであったが、今回の経済危機にはウクライナ問題を巡る欧米および日本の経済制裁とロシアによる逆制裁という政治経済的要因も加わっており、原油価格の低迷とともに、経済回復を遅らせる原因となっている。原油価格が持ち直す兆しの見える今、ロシアの景気も底を突いたともいわれているが、2年余りたってもロシア経済に先行きが見えにくい状況であることに変わりはない。
ロシアの公式統計では、実質賃金は2015年に前年比で9.3%減少している。リーマンショックによる2009年の実質賃金の落ち込みが3.5%であったことからすれば、リーマンショックによる経済危機よりも深刻な実質賃金の落ち込みをロシアは経験しているといえる。政府も、2016年になってから最低賃金を2度も引き上げるなど、対策に躍起である1。インフレ、リーマンショックによる2009年の実質賃金の落ち込みを除けば、常に2014年まで実質賃金が上昇してきたことを考えると、ロシアの人々が、ますます消費を手控える傾向が続きそうである。
12016年1月の改定では5,964ルーブル(84米ドル)から6,204ルーブル(87米ドル)に引き上げられ、同年7月に7,500ルーブル(109米ドル)にさらに大幅に引き上げられる。

同じ資源国であり、新興国グループ「BRICS」の一員でもあるブラジルでは、インフレが高水準で進み、実質賃金が低下し、失業率は10%を超えている。また、汚職に絡み大統領が職務停止に追い込まれ、さまざまな業種においてストライキが各地で起きるなど、社会不安が高まっているとされる。一方、ロシアでは政権への支持は安定し、失業率の増加は抑えられ、目立った社会不安は表面化していない。ロシアの労働市場はどのようにこの危機に耐えているのか、探っていこう。
ロシアの失業率は、2016年3月時点で5.6%であり、欧州諸国の中でも比較的失業率は低位にあるといえる。企業の視点から見ても、労働需要はまだまだ旺盛である。ロシア科学アカデミー付属世界経済国際関係研究所(IMEMO)が実施している企業の雇用人員判断では、2015年第2四半期こそ雇用人員判断D.I.(「過剰」(回答社数構成比)-「不足」(回答社数構成比)によって表される)はプラス(過剰感が上回った状態)になったものの、リーマンショック時の悲観的判断から比べると、今も不足感が強い状態である(図1)。企業が雇用の見通しについて、経済停滞の中でも不足感が強いと近い将来を判断していることは、ロシアの労働市場にとって好材料である。
ただし、2015年から公共職業安定機関である国家雇用局の求人は伸び悩み傾向が続き、平素なら冬期に上昇し夏期に低下する傾向にある雇用充足率も高止まりしている。従って、失業すればなかなか仕事を見つけるのが難しくなってきていることも事実である。

図1 2000年以降のロシア企業の雇用人員判断D.I.

図1 2000年以降のロシア企業の雇用人員判断D.I.

出所:The Russian Economic Barometer(IMEMO)各号のデータを基に筆者作成

経済危機にあっても失業率が上昇しない。それは、過去にロシアが直面した経済危機においても共通した現象である。企業は、経済危機にあっても解雇という手段で事業を見直すことなく、現在の危機に対応している。解雇という手段を使わずに、ロシア企業はどのように人件費削減に対応しているのか、それを解き明かすためには、ロシアの労働市場にある三つの柔軟性に着目する必要がある。
ロシアで典型的に見られる労働市場の特徴は、失業の不安が高まっても、それが失業率の上昇には直接結び付かないところにある。オイルマネーが潤沢であったときのロシアの安定は、地方政府が企業に雇用維持の圧力をかける一方で、連邦政府の補助金で恣意的に雇用を維持してきたと論じる研究者もいる。こうした主張に反し、われわれが独自に2015年に実施した企業調査(北西地域と極東地域限定)では、ほぼ9割の企業が連邦政府だけでなく地方政府からも雇用維持の圧力を受けていないと答えている。政府の強い指導があるから企業が危機にあっても大量解雇に踏み切らないという論理は、簡単に通用しそうにない。
ロシアの労働市場は経済危機において「非標準的行動」を特徴とするといわれている。その「非標準的行動」とは、危機に対して人員削減よりも就労者の就労時間や賃金の調整で実施する雇用調整のことを指す。就労者の就労時間調整は、時短から一時帰休までさまざまであるが、会社都合での強制的な一時帰休は、給与支給がなされない場合がほとんどで、見せかけの雇用は維持されている状態である。2009年の不完全就労者数は雇用全体の30~35%に達していた。現在の経済危機においても、2013年第1四半期時短就労者と2016年第1四半期時短就労者を比較すると約27万人も増え(2016年第1四半期の時短就労者数117万6000人)、は賃金支給なしの一時帰休者も約27万5000人増加している(2016年第1四半期の一時帰休者数221万8000人)。
残念ながら、ロシア連邦国家統計庁のこれらのデータの企業での集計方法が毎月集計でなく四半期集計となり、2012年以前とそれ以降との比較ができないため、過去の経済危機との比較はできないが、就労者数が緩やかな増加傾向にあることは確かである。ロシアの従業員の行動様式は、職の確保を優先し、第2就労など非正規雇用で生計を補完しようとする。労働組合の関心も、賃金よりも職の確保にこそある。直感的には立場の弱い第2就労や非正規就労者の失業への不安は高いと想定されがちであるが、ロシアでは非正規雇用における失業の不安は少ないという。第2就労や非正規就労は、労働市場の変動を吸収する調整弁としての役割を持つ。
企業の従業員が賃金よりも職の確保を優先する状況で、企業が採用する短期的危機回避行動は、従業員への賃金未払いである。賃金未払い問題は、被雇用者に対する債務として企業側に蓄積されていくために危機に対応するやむを得ない問題の先送りであるにもかかわらず、ロシアでは伝統的に活用される雇用調整手段である。ソ連時代からの労働組合として支配的な立場にある「ロシア独立労働組合連盟」が伝統的に企業経営陣と近い関係にあり、賃金未払い問題の解決を求める統一的な戦線を従業員側が構築できないといった事情があるといわれている。リーマンショック時の賃金未払い額のピークは、2009年6月で87億8000万ルーブルであった。現在は、まだその半分程度(44億7000万ルーブル:2016年4月時点)であるとはいえ、2015年から再び賃金未払い額の増加の兆しが見えている(図2)。ただし、賃金債権者数は増えていないので、賃金未払い問題が深刻化しているわけではない。

図2 賃金未払い額の推移

図2 賃金未払い額の推移

出所:ロシア連邦国家統計庁ウェブサイトの資料を基に筆者作成

ロシアの労働市場において経済危機のあおりを受けているのが、外国人労働者である。ルーブルの下落によりロシアで就労するうまみが減少している。そもそも旧ソ連諸国からの外国人労働者は、ロシアの底辺労働市場を担っていたために、決して豊かな層ではない。そこにルーブルの下落とインフレの進行が相まって、外国人労働者たちの生活を圧迫している。そうした旧ソ連諸国からの外国人労働者の海外送金の減少は、海外送金に国内総生産(GDP)の多くを依存してきた旧ソ連諸国の経済をも圧迫している。2015年1月1日に施行された一連の新たな移民関連法の改正によって、法人と個人との下での就労に区別なく「労働パテント」を取得しなければならなくなったが、取得手続きの簡素化の側面はあったものの「労働パテント」取得に必要な諸費用がかさむようになった。また、ロシアで就労するためには、ロシア語、歴史、法律に関しての複合試験を受験し合格しなければならなくなった。
近年の地元住民と移民たちとの衝突などを原因とする移民排斥機運の高まりも影響し、政府は不法移民対策に力を入れ、160万人にも及ぶ移民たちがロシアへの入国禁止に処せられているという2。こうした状況下で、ロシアへの最大の労働力供給源であったウズベキスタン移民の数は、2014年3月から2015年3月までの1年間で約21万人も減少。第2の供給源であったタジキスタン移民も約7万人減少した。ある意味、ウズベク人とタジク人の帰国により同時期に約28万人分の雇用がロシアの労働市場に戻されたことになる3。外国人労働力もまた、経済危機においてロシアの労働市場に柔軟性を与える源泉となっている。


224news.com.ua(http://24news.com.ua/14860-rossiya-otpravlyaet-migrantov-domoj/:2016年6月16日取得)。

3一方、ウクライナ問題の影響で、ロシアでは同時期比較で約96万人ものウクライナからの移民が増加している。子どもたちを含む多くの難民が含まれるが故に、彼らの増加がそのままロシアの労働市場に影響を与えるわけではない。

のように、ロシアの労働市場の経済危機対応は、次の三つの柔軟性によるものであると考えられる。第1に、一時帰休や時短なども含め不完全就労化や非正規就労化が労働市場に柔軟性を与えている。第2に、賃金未払いなど賃金の弾力性が労働市場に柔軟性を与えている。第3に、移民労働者が労働市場に柔軟性を与えている。これらが、失業率の上昇を伴わない経済危機に「耐える労働市場」を形成しているということができるだろう。
ただし、この伝統的な「耐える労働市場」の仕組みが失業率の上昇を抑えるとしても、市民の不満に現政権も敏感にならざるを得ない。ロシアの公式統計では労働者の不満の発露としての労働争議件数(争議行為を伴う労働争議)は、2015年には5件しか記録されていない。ただし、幾つかの調査機関が報道などを頼りに勘定した2015年の争議行為を伴わない労働争議件数は最大で445件、ストライキ件数は最大165件であった。日常的にこうした争議が報道されている事実は、経済危機が長引けば、伝統的な「耐える労働市場」によらない抜本的対応がロシア政府に求められるようになることを表している。

[執筆者]堀江 典生(富山大学研究推進機構極東地域研究センター教授)

※この記事は、2016年9月6日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

なぜ社長室には金庫があるのか-ロシアの中小企業と現金-菅原信夫

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概要

:日本企業はロシアで事業を始めると、特に販売の面でロシアの中小企業と付き合うことが多くなる。そしてロシアの中小企業の有様に驚かされることになる。例えばその社長室には金庫があるが、それにはロシア特有の理由がある。

現在、ジャパンクラブ(モスクワ日本人商工会)に加入している日本企業数は190社ほどで、そのほとんどは東証一部上場企業である。これらの日本企業はロシアで事業を始めると、特に販売の面でロシアの中小企業と付き合うことが多くなる。そして、ロシアの中小企業の有様に驚かされることになる。本稿ではロシアの中小企業経営とその経営者について、私の受けた印象をご紹介したいと思う。
まず、ロシアの中小企業とは、どの程度の規模の会社を指すのか。なんでも法律で規定するお国故、中小企業についても定義が法律で定められている。

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出所:п.1 ч.1 ст.4 209-ФЗ «О развитии малого и среднего предпринимательства в Российской Федерации»より筆者作成(1ルーブルは1.5円(2016年6月))

これらの中小企業は、法的には多くが有限責任会社(общество с ограниченной ответственностью-OOO)の形を取るので、法律面では企業規模にかかわらず、その義務と権利は同じと考えてよい。また、企業と資本の関係など、法的原理は日本の企業法制とそれほど変わらないので、日本企業には付き合いやすい相手といえる。
次にロシアには、いわゆる個人事業者に当たるIP(индивидуальныйпредприниматель-ИП)という、個人が商業活動する際のステータスがある。会社組織はつくらないが、個人が継続的な商業活動を目指す場合、税務署に営業届を出して、納税義務を果たすことを申し出た場合に与えられるステータスだ。

本来ロシア全土で認められている制度だが、分布を見ると地域による偏りがあり、シベリア・極東方面に多いようだ(図)。

図 人口1万人当たりのIP(個人企業)数の地域分布(2015年1月1日現在)

図 人口1万人当たりのIP(個人企業)数の地域分布(2015年1月1日現在)

注:地図の上部に別掲載されている地域は、左からモスクワ、サンクトペテルブルク、セバストーポリ(クリミアの都市)
出所:Число индивидуальных предпринимателей на 10000 человек населения на 01.01.2015
<http://www.gks.ru/publish/map/2015/ip1115.htm>
(ロシア国家統計局(http://www.gks.ru/wps/wcm/connect/rosstat_main/rosstat/ru/))

筆者の経験でも、サハリン州、サハ共和国の代理店にIPは多い。名刺などにIPと書かれていなくても、人名が会社名の代わりに書かれていれば、これが個人企業IPである。この個人企業というのは、かなり曲者である場合が多い。なぜなら、経営者の個性が商売に色濃く反映するからである。何を決めるのも経営者1人の判断で、その経営者と会うことができないために代理店契約交渉が宙に浮いた例など、筆者自身幾度も見てきた。
IPの場合、銀行融資を受けにくいという問題点があり、そのため、別の事業で十分資金を蓄積した経営者が、第2の仕事としてIPを始めるという例が多い。このようにロシアにおいても、中小企業での資金確保は大問題なので、いかに銀行の融資を受けられる企業に見せるか、これには経営者がいつも悩んでいる。
ここで、中小企業の資金繰りについて少々書いてみたい。ロシアの銀行にとって商売の本質は、高利貸しである。低金利のユーロやドルを短期資金として借り入れ、これを自行の為替レートでルーブルに換算し、自行の貸出金利を適用して貸し出す。この貸出金利は、年利30%を超えることもあった(現在は15%から20%程度まで下がっている)。
しかし、2014年経済制裁が始まり、ユーロあるいはドルの調達に支障が出始めると、特に小型銀行は貸出資金が枯渇するようになる。ロシア中央銀行は経営がおかしくなった小型銀行が倒産する前に、銀行ライセンスの停止という方法で、銀行の営業中止、あるいは大型銀行による救済という方法で、金融界が混乱するのを防いだ。
こういう小型銀行から資金を導入している中小企業には、2014年以降、新規資金はほとんど入ってきていない。そのため、ロシア最大の準国営銀行であるSberbank(ロシア連邦貯蓄銀行)に融資を求めるが、この銀行の貸出審査にすんなり通る中小企業は非常に少ない。
そのような理由もあって、ロシアにも多くの「消費者金融」が誕生することになる。正式な銀行が30%もの金利を取る世界では、消費者金融が50%をとっても、即時に現金を用立てしてくれるならその方がよい、という中小企業経営者はいるものである。100万ルーブル(150万円)とか、300万ルーブル(450万円)という、ある意味では少額の資金を借り入れては、社長室の金庫に保管することになる。

さて、その現金はどのように使用されるのか。われわれが海外に出張すると、クレジットカードの出番が非常に多くなる。ホテルにチェックインするところから始まり、レストランやバー、美術館の入場料からデパートでの買い物まで、全てクレジットカードが活躍する。
東南アジアからヨーロッパ、そして米国まで、多くの国々が同じ状況の中、例外となる大国がある。それがロシアである。ロシアを旅行すると感じると思うのだが、とにかく財布の中の現金がすごい勢いで消えてゆく。そしてその結果として、頻繁に銀行のATMから現金を引き出すことになる。
ロシアでは、都市部を除きカードに対する信任は低く、また仮にVISA、MasterCardといった西欧ブランドのクレジットカードを扱うはずの店でも、経済制裁以降、使えなくなるケースは増えている。モスクワの大型スーパーで、筆者の前に並ぶ外国人がクレジットカードで支払いをしようとするも、キャッシャーの端末は受付を拒否、現金を持たないその客は結局買い物を諦めて去って行く、という場面を何度見たことか。
ロシアにおいては、現金が無ければ企業は回らない。近代化した中小企業においても、現金の利用は経営の潤滑油となっている。筆者の会社と取引のある企業の社長が日本に出張することになった。当社が保証人となり査証を申請するのだが、驚いたことにその出張費用は全て社長の社長室の金庫から、それもドルで支払われた(*ロシア国内においては、ルーブルと同時に、ドル、ユーロも準通貨として流通しており、外国人相手の使用は合法である。そのため、街のATMで現金を引き出す際、引出し通貨がルーブルなのか、あるいはドル、ユーロなのか、指定しなければならない)。
例えば、社長の滞在経費。航空券、ホテル代などは出張経費としてクレジットカード払いが一般的だが、そうすると経理的処理が増える。仮に、社長個人のクレジットカードを使用して航空券を購入したとしよう。カード会社からの請求が上がってきたところで、同額を立て替え経費として社長は会社に請求を上げる。そして会社は、社長の口座に航空券代として立て替えされた金額を振り込むわけだが、ロシアにおいてはこの振り込まれた金額は社長の所得と見なされ、所得税の対象となる。もちろん、いったん支払った所得税を取り戻す手段はあるが、これまた面倒なのでとにかく個人名義のクレジットカードで会社経費の立て替えはしないこと、というのが原則となる。
そこで一般的なのが、現金での処理である。航空券を予約すると同時に、航空会社あるいは代理店はその金額を口頭あるいは「Proforma Invoice」というもので知らせてくる。この金額を銀行から現金で引き出し、航空券を購入する。このとき、販売者は「AKT」と称する取引確認書を出す。これが日本でいうところの領収証である。このような煩雑さを避けるためには、社長室の金庫の中から現金を取り出し、支払ってしまうのが一番早い。それで多くの中小企業はそのようにしているのである。
ロシアという社会において、法律に基づいたルールを縦糸、現実の世界を横糸と考えると、その間を行ったり来たりしているシャトルに当たるもの、これが現金であろう。日本においては幸いにして、銀行経由の支払いも現金払いも、払う側受ける側共に特に大きな違いはないので、最近は小銭さえ持たずにデビットカードで生活を維持している人が増えている。ところがロシアでは、処理の面から現金ほど楽なものはない、ということで21世紀の今日でも、現金の優位性は社会のあらゆるところで感じられる。
もちろん、現金での受け払いが頻繁なビジネスにおいては、キャッシュレジスターの設置が義務化されていて、税務当局への申告にはこの記録を提示することになっている。ところが、キャッシュレジスターには税務署への登録が必要で、また、四半期ごとにその登録を更新せねばならない。これはインチキを防ぐため、登録業者が登録を行うことになっていて、毎回相当な手数料を支払うことになる。もし、6カ月以上キャッシュレジスターを利用していない場合は、税務当局への再登録から始めねばならず、打ち込み時のミスも全て残しておくという面倒な代物である。
要するに、現金といえども、正式な扱いをするキャッシュだけでは日々の生活が成り立たず、社長室の金庫に眠る私的現金こそがロシアでの小規模ビジネスを支える救世主、ということになる。この救世主があまりに栄えると、2016年2月9日に起こったような地下鉄駅広場にある無許可キオスクの取り潰し、という当局の大作戦に至るのである*。
ロシアは、19世紀型の古典的な商売と21世紀の情報テクノロジーが並立する、世界にも例を見ない国になりつつある。

* 2016年2月9日の夜、モスクワの地下鉄駅90カ所において、契約違反のキオスクがモスクワ市当局の雇い入れた土木業者によって見るも無残に破壊されるという事件があった。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年5月20日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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